令和元年名古屋場所十三日目
愚公移山
矢後と大翔鵬の取り組み。矢後は両差し狙いでした。
矢後の両差し自体は珍しくないのですが、右、左と短くステップするようにやや左にずれて立ちました。
あれは、おそらく大翔鵬の左の上手(矢後から見て右側)を嫌ったものでしょう。
”ガバッ”と擬音するしかないような、左腕が大外回りする大翔鵬のあの上手です。
立ち合いであんなに深い位置の上手を求める力士は今、他にはいませんよね。親方衆やNHKの解説からは「もっと浅い位置の上手を」とか言われそうなものですが、力士によって力の出る上手の位置は違うらしいですからね。(確か故音羽山親方(元大関・貴ノ浪)がおっしゃってた。)
大翔鵬に対して矢後は喧嘩の左四つです。大翔鵬の左腕が大回りしてくることがあらかじめ分かっている矢後からしたら、確かに自身は右の上手を取りに行くより両差しを狙う方がスマートです。
なんにせよ、判で押したような大翔鵬の大きな取り口が矢後に不慣れな立ち合いを強いたわけで。
「愚公が山を移した」と言いたくなるような、そんな勝利でした。
そして友風ナイスだ。
一昨日友風の記事を書いておいてよかった。